ウイスキーの器といえば、重たいガラス瓶。 長い時間をかけて熟成された液体を、静かに閉じ込める存在です。
その前提が、少しだけ揺れています。
2026年1月、スコットランドのスターリング蒸溜所とヘリオット・ワット大学の共同研究で、「高アルコール度数のウイスキーをアルミ容器で扱えるか」という実証実験の結果が公開されました。
ニュースとしては刺激的ですが、現場の空気はもう少し静かです。 「本当に置き換わるのか」というより、「どこまで使えるのか」を探っている段階に見えます。
なぜ今までアルミボトルは使われなかったのか
ハイボール缶が当たり前になった今でも、40度を超えるウイスキー原酒をアルミで保存する例は、ほとんどありませんでした。
理由はシンプルで、液体の性格が違いすぎるからです。
今回の研究で改めて確認されたのは、主に3つの壁でした。
有機酸と金属の相性
熟成ウイスキーには、没食子酸などの有機酸が含まれています。 これが未処理のアルミと反応すると、金属が溶け出してしまう。
分析では、飲料水の安全基準を超えるアルミニウム溶出が確認されています。 味以前に、容器として成立しないラインです。
熟成が進むほど問題が出る
興味深いのは、蒸溜直後のニューメイクでは、この反応がほとんど起きなかった点です。
樽で時間を過ごしたことで得た成分が、逆に容器を選ぶようになる。 熟成とは、便利さを削る行為でもあるんだなと感じます。
内面コーティングの限界
現在のアルミ缶は樹脂ライナーで金属を覆っていますが、高ABVと有機酸の組み合わせは想定外でした。 数ヶ月で劣化するケースも報告されており、長期保存には耐えない。
「技術的に難しい」という言葉の中身が、ようやく見えてきた印象です。
それでもアルミが検討される理由
それでも業界が手を引かないのは、数字があまりにもはっきりしているからです。
ガラス瓶に比べて、重量は約90%削減。 輸送時のCO2排出量も大きく下げられます。
特にサステナビリティを重視する蒸溜所にとって、アルミは「いつか使いたい素材」なのだと思います。
ガラスは美しいですが、再生には大きな熱量が必要です。 アルミは少ないエネルギーで何度も循環できる。
この差は、思想の問題というより、設計の問題に近いですね。
味と安全性が、同時に動かないという話
今回の実験で印象的だったのは、ブラインドテイスティングの結果です。
化学分析では差が出ているのに、テイスターは有意な香味差を判別できなかった。
つまり、 「味が崩れる前に、安全性が先にアウトになる」
メーカー側からすると、かなり扱いづらいラインです。 美味しいかどうか以前に、世に出せない。
感覚と科学が、同じタイミングで変化しない例と言えそうです。
料理人として見ているポイント
容器が変わる話は、保存だけでなく“使われ方”も変えます。
不透明なアルミは、色を楽しむ器ではありません。 残量も見えないし、注ぐ所作も変わる。
だからこそ、最初から主役になるとは思えません。
免税店の持ち帰り用、業務向けの詰め替え、家庭でのリフィル用途。
「見せない前提」の場面では、むしろ理にかなっています。
ガラスは贅沢な無駄を楽しむ器。 アルミは、合理性を引き受ける器。
役割が違うだけで、優劣の話ではなさそうです。
まとめ
ウイスキーがガラス瓶を捨てる、という話ではありません。
ただ、 「ガラスしか選べなかった理由」が、少しずつ解体され始めた。
その途中経過を見ている段階です。
重さを楽しむか、軽さを選ぶか。 その選択肢が増えるだけでも、器の世界は少し広がります。
慌てて結論を出す話ではなさそうですね。



コメント