2025年春、スコットランドは近年まれに見る深刻な干ばつに見舞われています。過去130年間で最も乾燥した春として記録される可能性が高まる中、スコットランド環境保護庁(SEPA)は、主要河川を含む23地域において水位の著しい低下を警告しました。
この異常な気象はスコットランドの自然環境、特に野生魚類への影響を懸念させるだけでなく、天然水に依存する同国の基幹産業の一つであるウイスキー製造にも、影を落とし始めています。
スコットランドの河川が次々と警戒レベルに
スコットランドでは、クライド川、ディー川、テイ湾、フォース湾など、国を代表する河川の水位が著しく低下しています。これにより、スコットランド環境保護庁(SEPA)は、地域住民や産業関係者に節水を強く呼びかける事態となりました。
とりわけハイランド地方では、私設水道や貯水システムに依存する住宅や農場に対し、責任ある水使用を求める通達が出されました。ハイランド議会は、水質の安全性に不安がある場合、使用前に必ず煮沸するよう注意喚起しており、地域によっては緊急のボトル水供給計画も始動しています。
降水量80mm ― 1893年以来の記録的な少雨
気象庁の観測によれば、今年の春(3月〜5月)の降水量はわずか80mmと、1893年に記録された107.2mmをも下回る勢いです。これは、ヴィクトリア女王の治世以来の極端な乾燥傾向となっており、英国全体としても非常に異例な気象パターンです。
スコティッシュ・ウォーターの報告では、国内の貯水池の水位は平均で容量の81%にまで低下しており、例年のこの時期より約10%少ない状態にあります。加えて、先週だけでも3%水位が落ちるなど、状況は日を追うごとに悪化しています。
ウイスキー産業への影響 ― 名水の危機
スコットランドの誇るウイスキー産業は、仕込み水として極めて純度の高い自然水を必要とします。その多くは、山岳地帯や湿原を通してゆっくりと濾過された湧水や河川水であり、まさにスコットランドの豊かな自然が育んだ“命の水”といえます。
この天然水の不足は、ウイスキーの品質や生産量に直接的な影響を及ぼす可能性があります。すでに一部の蒸留所では、水の使用量を制限したり、仕込みのスケジュールを見直す動きも出始めているとの報道もあります。
とくに以下の地域では、水源となる河川の水位が警戒レベルに達しており、影響が懸念されています。
【2025年5月時点】干ばつの影響を受ける可能性のあるスコットランドの蒸留所一覧
蒸留所名 | 地域 | 主な水源 | 現在の状況(2025年5月時点) |
---|---|---|---|
ロイヤルロッホナガー蒸留所 | ハイランド | ディー川 | ディー川の水位が警戒レベルにあるため、仕込み水ではなく冷却水等への影響が懸念される |
マクダフ蒸留所 | スペイサイド(沿岸部) | デヴェロン川 | デヴェロン川が中程度の水不足にあり、仕込み水への影響で製造に支障が出る可能性がある |
スペイ川流域の多数の蒸留所 | スペイサイド | スペイ川およびその支流 | スペイ川も警戒レベルに達しており、グレンリベット、グレンフィディック、マッカランなど多くの蒸留所が影響を受ける可能性あり |
スペイ川はスコットランド最大のウイスキー産地「スペイサイド」を流れる主要河川であり、この地域には約50を超える蒸留所が集中しています。SEPAの発表によれば、スペイ川も2025年5月現在、水位低下により警戒レベルに達している状態です。
このため、下記のような代表的蒸留所でも、以下のような影響が懸念されます:
- グレンリベット:支流リベット川を利用。節水や操業調整の可能性あり。
- グレンフィディック:フィディック川(スペイ川支流)使用。取水制限のリスク。
- マッカラン:イースターエルキン川経由でスペイ川に接続。冷却水や製造水に影響の可能性。
- アベラワー、ベンリネス、クラガンモアなども同様の地域に立地。
スペイ川水系は、ウイスキー製造の仕込み水・冷却水・蒸留工程水のいずれにも使われることが多いため、現在の干ばつが長期化すれば、業界全体への影響は避けられない状況となりつつあります
野生魚と生態系への影響
淡水資源の不足は、サケやマスなどの冷水魚にとって致命的です。水温の上昇や溶存酸素の減少が進むと、魚の健康に悪影響を与えるばかりか、感染症のリスクも高まります。
スコットランド漁業管理局のアラン・ウェルズ博士は、「現在すでに多くの河川で水位が極端に低く、在来魚種への影響は甚大です」と述べ、農業用水の取水などにおいてもSEPAの指導に従うことの重要性を強調しました。
業界と住民に求められる節水と対応
SEPAのエイリッド・ジョンストン氏は、「乾燥状態が続けば、農業、水力発電、食品・飲料の製造、さらには観光施設の維持にまで深刻な影響が及ぶ」と語ります。
特にウイスキー蒸留所にとっては、今後数週間から数ヶ月が極めて重要な時期となるでしょう。安定した仕込み水の確保が困難になれば、生産の遅延や中止に発展する可能性も否定できません。
業界関係者はもちろんのこと、地域住民や観光客も「水を賢く使う」意識が求められています。ウイスキーの伝統と品質を守るためには、自然との共存が何よりも大切なのです。
まとめ
2025年のスコットランドは、歴史的な干ばつにより水資源に深刻な圧力がかかっています。ウイスキー産業も例外ではなく、水の確保と品質維持の両立が急務となっています。自然がもたらす“名水”こそが、スコッチウイスキーの魂。干ばつへの適切な対応が、その未来を左右する重要な鍵となるでしょう。
記事の要点まとめ
- スコットランド全土の23地域で河川の水位が警戒レベルに達する
- 降水量は過去130年で最も少なく、春の記録更新の可能性大
- 貯水池の水位も例年より10%低下し、水供給に影響
- 野生魚への深刻な影響、酸素不足や病気のリスクも増大
- ウイスキー産業では水源の減少が仕込み・生産に影響
- 蒸留所ごとの対策も進行中、一部ではスケジュール調整も検討
- 今後の雨量と節水対応が、業界の持続可能性に直結する
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